随分前のことですが、看護師として病院に勤務していた時に出会ったAさんとの忘れられないできごとがあります。
Aさんについては、「手術後に抗がん剤治療を受けることを勧めたが同意されなかった」と医師から聞いていました。看護師たちは、Aさんが主治医と話し合っての決断ならと思い、それ以上は尋ねなかったようでした。
私がAさんと出会ったのは、それから数か月後に外来に勤務異動になった時です。
外来診療の間の他愛のない会話の中で、ふとそのことを思い出し、「たしか手術の後に抗がん剤治療はしなかったんですよね。」と言いました。すると、Aさんは「ええ、私はそんな人生は送りたくないから。」とおっしゃいました。どういう意味なのかなと思い「そんな人生って?」と聞き返すと「だって抗がん剤治療をするとずっと入院したままになるでしょ。生きていたとしても、そんな人生に何の意味もないから。」とおっしゃいました。私はとても驚きました。なぜかというと、Aさんが勧められた治療は、外来通院で受ける治療だったからです。抗がん剤治療を受けないことはAさんが決めたことですが、それは正しい情報に基づく意思決定ではありませんでした。患者に伝えたことは正確に認識されているはずという医療者側の思い込みが招いた結果でした。ほんの少し立ち止まって時間を共有することの大切さを痛感したできごとでした。その後、この方は改めて意思決定し、外来での抗がん剤治療を開始しました。
この話は、今でも看護学科の学生に話し、1人1人の患者さんに向き合うことの大切さを伝えています。