私は女性が編み物をする姿を見るたびに、よくこのような細かい作業を楽しそうにできるなあと感動します。私の母は若い頃、結婚前のお嬢さんたちに和裁や洋裁を教えていましたが、私が学校から帰って、少しその様子を見ていたことがあります。もちろんどのような仕事でも細かい作業を淡々と続けることはあるでしょう。
自分の仕事にあてはめると、論文を書く際に、本文を書きながら、引用文献を選択し、最後の文献欄に番号順に記載していきますが、この編み物や裁縫のことをなぜか思い起こします。それは単純作業ではなく、完成したときの喜びを知っているからで、身に着けてもらう人のことを思えるからでしょう。まして自分の家族の為なら思いも一入(ひとしお)でしょう。「かあさんのうた」(1956年)で「かあさんが夜なべをして手袋編んでくれた。木枯し吹いちゃ 冷たかろうて せっせと編んだだよ」とありますが、そんな手袋を使うときは母を想うことでしょう。私の幼い頃の写真で、母の手編みのセーターを着たものがあります。今から思えば、あの忙しい時代によく編んでくれたなあと感謝で一杯になります。
論文執筆で誰かをそこまで喜ばせることはできませんが、コツコツと書いていく(現代ではパソコンで入力しますが)ことは、確実に自分がこの分野で足跡を残せる喜びを得ることにつながります。
自分がやろうと決めたことを、毎日コツコツと、できれば楽しみとして継続していきたいものです。